孔雀蜘蛛と旧友
ピーコック・スパイダー(孔雀蜘蛛)のように米粒ほどの大きさで生き、美しい色彩の尻を使って求愛のダンスをし、失敗すれば雌に喰われて死に、成功しても喰われて死にたい。
暴走進化の中では雄と雌どちらかが有害であり、ピーコック・スパイダーの場合雄が性淘汰の対象である。雄は大抵、交尾後に喰われ子供たちの栄養となる。生まれてくる子らの顔を見る日はない。カマキリもそうだが、交尾後疲れた身体で逃げ切れる可能性は少ない。
哀れであるが、美しい生物だ。
いきなりこういうことを書きだして一体どうしたんだと言われるかもしれないが、先日BBC
earth 2015を二日酔いで苦しみながら観た。生物の権威たちの協力の下、生体調査を行いその生物が生まれてから親になるまで(あるいは死ぬまで)を放送するといった内容の伝統的な番組だ。
今となってはお涙頂戴番組になっているが、つい15年ほど前「たけしの万物創世記」がABC制作だった時はそんな番組だった。
僕は生体観察の中で求愛や繁殖活動を見るのが好きだ。人間と違って、経済要素がなければ愛や孤独もなく、単純に遺伝子の保存と進化を求める彼らは単純に神から愛されているように思う。性交と妊娠の因果関係に気付いた人間はやはり知恵と同時に罪を背負ったのだろう。
目的もなければ達成感もない、過渡期を過ぎた人類の一人である僕はその単純な本能が不足している。いや、はっきり言って子は欲しい。子を持つことでもっと成長できるだろうし、何かに必死になれる対象がなければはっきりいって人生は暇である。一人はどこまでいっても地獄だ。
子は当然、親のエゴで生まれてくる。僕のような男を親に持つ子は幸せにはならないだろうが、子は産まれる前から別人であるし、幸せかどうかは本人が決めることである。
回りくどいことを書いたが、子を持ったという自覚が芽生えるその日まで自分の子を愛せるかどうかは分からないし、もしかしたらこれまで感じたことのない愛情を覚えるかもしれない。
僕は、僕の父のように最初は僕らのことを愛していたが、いつの日かハッキリと僕らを捨ててしまうような遺伝子を持っている。もし血と意思に何の因果関係もないとしても、それでも僕は僕自身を信用できない。
とある好きなブロガーは、娘が一歳になる時に心の病気を患った。仕事もいけない日が続いて難儀しているそうだがそれでも娘とお風呂に入っている時は楽しいそうだ。彼はよく、今の奥さんと結婚して本当に良かった、と書いている。不倫する者の気持ちなど分からないくらいに。
僕は彼のブログを読んで自信を鼓舞する。
たとえ弱くても、生活を放棄するかしないかはまた別の問題だ。
もっと身近な人の経験を思い出す。
とある旧友(僕は未だにナッカマンと呼んでいる。街中でも堂々と呼ぶ。)がいる。彼は第一子を始めて抱きあげた時「自分はこの子のために産まれてきたんだ」と思ったらしい。5年ほど前か、忘年会会場に向かう途中で聞いた。
彼は高校3年間同じクラスである。僕にはっきりと打ち明けるようなことはなかったが、彼は時折、彼自身に空虚さを感じているように思えた。身内に情緒不安定な方がいるそうで彼もそういう感情に陥ることはままあったらしい。
僕が彼に近親感を持つのは、僕にも情緒不安定な身内がいるせいかもしれない。心の不安定さというのはほぼほぼ遺伝子を伝っているのだそうだ、という説を読んだことがある。
彼は実際この僕がアドバイスしようのないほど個性的だったのだが、それは誰がどう諭しても本人が納得できるものではなかったのだろう。あんなに面白い奴なのにナッカマンは僕を笑わせては女にフラれ、フラれ、フラれ、フラれ、フラれ、フラれ、フラれ続けてきた。面白くて良い奴なのに、たくさんフラれてきた。
アプローチの方法など聞いてみたが、そりゃフラれるよなって内容をとても面白く教えてくれた。彼は笑いとフラれる天才である。
で、プロレスラー体型の彼はほどなく彼女を見つけるとすぐに持ち前のガッツで求婚を成功させ、ほどなく子を持つことになる。今は二人目の子も2歳を過ぎた頃だ。
家族を愛しているから二人目の子を持ったのだろう。だからあの時の「この子のために産まれてきた」という発言に嘘はなかったのだろうと思う。
はっきり言って、大変かっこよろしい。
彼が浮気しようものならきっと彼のフラれる才能は発揮させるだろうし、それなら今後の行先に迷いはないと言って良いのではないだろうか。
生物の話から自分の話を書く予定だったが、ナッカマンと奥さんが元気にやっているか気になってきたのでそろそろエントリーは終了して、彼か奥さんに連絡を取ってみようと思う。
そろそろ一日くらい構ってくれて良い頃だろう。