「生きた、孤独だった、死んだ」
たった2,3の言葉に要約できるように生きていたい。
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人生に何ひとつ期待できないが、まぁ、そうじゃないよなと思おうとしている今日この頃。人生のほうが自分に何を求めているのか考える必要があるだけなのだ。結局のところ。
詩を書いたり、本を読んだり、自転車をこいだり、仕事をしたり、怠けたり、酒を飲んでいる。「暇潰し」の一語に集約できるような毎日だが果たしてこれで良いのか。良いのだろう。誰にも迷惑かけていない。いや、たくさんかけているが考えない。
この広大な宇宙を思えば、僕が何をしようと何も変わらないのだ。
死ぬまで耳をふさいで生きてやる。
視野をもっと狭くせねばならない。
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もう夕方だというのに二日酔いが治まらない。
「四畳半の哲学者」だったか。人がどこからきてどこへ行くのかいくら考えても美味しいごはんは食べられない、という歌を聴いた。
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BAR物件がなかなか見つからない。今見つかっても資金と実力が追いついていないのでまだ見つからなくても良いのだが、候補になるぐらいの物件は見つけたいものだ。
今こうしてスタート地点に立ってようやく自分の行きたい道が長く遠いものだと知る。
その純粋な夢とは裏腹に、つい畑付きの古民家物件をみてしまう。憧れの田舎。スローライフ。
なんのために修業いっとんねんという話になるのだが、畑と古民家などは見るだけで楽しい。
たとえば週末はそちらに住んで燻製を作り、夏はBBQをし、冬は鍋を皆で囲む。きっと寒いので、大きなコタツに全員分のハンテン等を用意する。そんな場所があって、1年に1回くらいみんなで集まれば、みんな、良い歳の取り方をするんじゃないだろうかと想像する。
人数を集めて、車で送迎している自分まで想像していると楽しくなる。しかしこれも妄想遊び。スローライフは老いてからやるべきだ。
(それでも今日も畑つき物件、各自治体が実施している空き家バンクを閲覧してしまう。大阪府なら千早赤阪村などはどうか。ふむふむ…。空き家バンクで家を借りたら定住せねばならんのか…ふむふむ。難しいな…)