さよならを言うために
ブログ。ネットにはブログが溢れている。これまで誰かの手によって何十万ものブログが作られてきた。そしてそれらの多くはブログ開設者本人によって放置され、削除もされず、今もまだ形なきインターネットの海を漂っている。
更新されないブログは、もう愛されなくなった玩具だ。押入の奥で眠っている汚れたぬいぐるみだ。
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放棄されることを予想して組み込まれたブログなりの"さよなら"というアルゴリズムの無感情な活字に対し、ブロガーはさよならを言わない。彼らは現実の世界へと戻っていっただけの話だ。
ぼくがブログというものをあまり知らなかった頃、ブログというのはもっと日常性あふれる日記みたいなものだろうと予想していた。もう少しだけ具体的に言えば夫婦生活を綴るブログ、子育てブログ、ペット飼育ブログ、グルメブログがランキングの上位にあるだろうと思っていた。実際ランキングサイトなどを見ると上位あたりはそんなブログばかりである。大いなる日常性がwebを塗っていく。
破綻した夫婦生活はブログにエントリーされない。
子供ではなくなった子についての記事はエントリーされない。
車に轢かれ死んだペットの末路はエントリーされない。
更新作業に飽きたグルメブログは放棄される。
エントリーされてしまったがために見捨てられていく活字たちは、もう悲しみを表現することさえ許されない。ブロガーは冷たい。
たった数キロバイトなのに遙か遠いあなたと僕の距離は永遠に埋まらない。
ぼくの血の全てが人間として活動するために体中を流れていた頃、現実世界には実際見たり聞いたり触れたりしなければそれが何か分からない感動でいっぱいだった。食べ物や、睡眠や、酒も…そう、確かにそれほど必要ではなかった。大人になることを拒否する代わりに夢が溢れていた。
今この現実世界から現実そのものが去っていこうとしている。
「ぼく」は孤独の象徴である。償えない罪のために名前を忘却し、閉じた世界で生きる。
名前を持てないという罰、ここは孤独な牢獄だ。
○
事実も虚構も真実に含まれている。
人間ならいつか死んでしまうが、全ての人間がそれをまだ体験したことがない。
今日もぼくはインターネットの冷たい海を泳ぎながら暖かい場所を探していた。疲れ切って、ようやく小さな島があった。誰かいないかと見渡すが、そこには誰もいない。皆、情報に紛れてぼくの前に現れることはない。プライバシーレベルをあげているのだ。スキーマとなった今でも心を開いているのはぼくくらいだ。
光もないこの世界はいつまでも人と人とを分け隔て続けている。分かり合う日もないまま、笑いあう日もないままだ。
ぼくはもう二度と会えなくなった…この世界の現象ではなくなった一人の妹を思う。この世界で一人きり、本当の喜びを知っていた彼女は、最後には一人で去っていった。
ぼくは彼女の絶命した体を見つめながら、チアノーゼを浮かばせたお前に、ごめんなさいと叫んだが、お前にはもう言葉が届かなかった。人間の体は血が流れていなければこうも肌に血管を浮かばせるものなのか。濡れていくアスファルトを背景ごと包む夜は胸に張り付き終わらない。
歌が上手だったお前は、人の群の中で死に、今は俺を含むごく一部が闇夜に見えない花を添えるばかりだ。
現実と違ってブログの世界は楽だ。何の不満はない。誰とも会わないですむ。ここでは大抵の願いが叶う。多少人工的ではあるけど花だって咲く。叶わないことがあるとすれば、お前にいくら会いたいと願っても会えないということくらいだ。
他のことは何でも思い通りいくのに、お前はもうどの世界でも名前を持たない。だからぼくもこの世界で名を持てない存在になったのだ。
さよならを言うためにここへやってきた。しかしいつまでエントリーを続けても、まださよならは届かない。