ドリンカーインザレイン

分厚い網入りガラス越しでも伝わってくるほど雨が強く降っていた。

その日は仕事上の都合で自転車移動が必要だった。
雨の中、傘をさすのは危ない。ウィンドブレーカーを身に着け、タイヤを取られないようにペダルを回した。しかし、気を付けていても滑る時は滑る。
雨を避けるために商店街を通っていこうと思ったのが間違いだった。雨に濡れたタイルはアスファルトよりも滑りやすい。けっこう派手にいった。

出社してから右ひざの部分が破けているのに気が付いた。捲って見てみると内出血していた。が、私の足は既に傷だらけだった。酔ってこけたか、シラフでこけたかの些細な違いだった。

今思い返すとその日は不注意な一日だった。書き溜めていた4件のエントリーをスケジュール投稿するつもりが誤って友人Tに送りつけてしまった。

セルフ流出事件だ。
ラインで詩を送りつけられた彼もさぞ辟易したことだろう。

              ○
その夜コルクを抜いた時に激しい痛みが走り、肩も打ち付けているのに気が付いた。帰宅後、鏡を見ると肩、胸も腫れていた。雨に濡れたせいもあっただろう、翌日熱がでて意識がぼんやりしたまま仕事をすることになった。

足や肩や胸でもなく、痛い所は身体以外にもある。



              ○
熱が出ている時くらいはポジティブさを失ってもいい。いつでも前向きである必要はないはずだ。

珍しく眠れない夜だった。私はとあることを思い出して激昂していた。

避けられない出来事だった。私は仕事終わりの一杯を、気難しい彼も仕事終わりの一杯をやりにきていて残念ながらそこはバーだった。
私と同じくこの世界が憎くて仕方ない彼は、何を思ったのか私に過去の罪を告白(それも、親友に言うことすら躊躇われるような)した後、怨念の矛先を私に見出し、言わなくてもいいような言葉を投げかけてきた。

彼は頑張っているような、頑張っていないような人が嫌いなのだろう。忙しい忙しいと言いながらSNSやブログ書いている私に「君はまだまだなのでももっと長時間働け」といった旨の発言をしてきた。

曰く、本当に忙しかったらSNSに投稿する時間などないとのことだった。それは言うまでもなくそうであった。同時にSNSを見てしまうほど彼も暇であることに違いはなかった。

そんなことはお構いなしにどうにか”未熟な”私を屈服させようと彼は努めた。私は文章におこせば破綻しているとすぐ分かるような口上に付き合おうとは思わなかった。
私は疲れていた。多忙から離れた直後で気も立っていた。全て肯定して時間をやりすごせるほどの気力がなかった。

長時間労働に美徳や男気を感じない私にとってこの類の論は響かない。いつまで聞いても理に叶わぬように思えたので話を切り上げ、静かに飲むよう諭したが彼は止まらなかった。こういう時はハイハイソウデスネと聞き続けるべきだが、飲みに出てきてまで気を使うのはどうかと思った。元より彼に媚を売るほどの価値はない。そう思った瞬間、大人の振りをするチャンスが訪れた。

簡単なことである。私は先に会計して出て行った。英国紳士の如く争いを避けた人がその日のヒーローであると信じる。文章にすれば簡単なことだが、負けず嫌いの私にとってそれは難しいことだった。

私はその他、数々似たような目にあってきた。敵がいなければ均等がとれない女が多いように、自分を守るために攻撃的になる男は多い。

敵が欲しかった彼は私を敵と見做すことで良い暇潰しになっただろう。もう、それでも良いではないか。彼も明らかに疲れていた。
私はその夜、眠るために5杯のバーボンが必要だった。


後日、頼んでもいないのに噂回覧板は回ってきた。皆が皆、隣に座っただけの他者を自分の味方だと思っている。
“彼女の話を聞いた彼女”によると、私がSNSで以前「長時間働いていると人間性は失われる」といった旨の投稿した時、彼は自分のことを言われていると思ったようだ。
私は、恋人でも親しい仲でもない他者に「君は長時間働き過ぎだよ。人間性が失われているよ」とSNS越しで伝播するほど回りくどいことはしない。

自意識の当たり判定が大きすぎやしないかと疑問は残るものの事実は彼から直接聞くまで分からない。そして聞くつもりもない。粘着性、これが人間関係そのものだからだ。

もはや「同じところには堕ちるまい」とは思わない。「どう転んでもあちら側には堕ちない」と思う。

確かに、言葉にならないほどつらい夜があるだろう。しかし傷付けられたからといって他の誰かを傷付けてもいい夜はないはずだ。そう願う。


外は雨が降り過ぎていた。

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