クレア
アイルランドのコークという小さな街に住んでいた頃、金がなかったのもあって女の家に転がり込んだことがある。
小さな街の小さなパブで、一人ぼんやり飲んでいた。パブは典型的なアイリッシュ・パブだった。パブによっては昼過ぎから開いている所もあるが賑わい出すのはやはり夕方からで、まだ静かな時間から1人で飲むのが好きだった。だんだん賑わっていく様子も好きだった。
アイルランドと言えばギネスのようなスタウトビールという印象があるが実際にギネスを飲んでいるアイルランド人は少ない。いくつかの街で観察したが、この街でもそうだった。
カウンターに何杯目かのビールを注文している時に話しかけてきたのがクレアだった。地元の娘だった。金髪のショート・ヘアで、胸がはだけた黒いドレスを着ていた。背の低さを高いピンヒールで隠しても身長は僕と同じ167cm程度に見えた。
軽い挨拶を交わし、同じテーブルで飲むことにした。クレアは典型的なアイリッシュ・パブのように典型的なアイリッリュ・ガールだった。大阪弁のように地元の訛があり、会話の速度が早かった。
もっと分かり易く話してくれないと会話に付いていけないよ、と言うとクレアは「アイルランド人はよく酒を飲み、よく飲み過ぎて死んでいるの」とぼくに言った。英語の拙かったぼくに分かりやすく伝えようとするがあまり変になってしまっていた。
「アイルランド人に関わらず、飲み過ぎたら人は死ぬんじゃないかな。」と言ってみたが、クレアはもう既に酔っていた。
思惑なしに話しているだけのこの女に対して性欲が芽生えたのはこの瞬間だ。低い身長に、大きな胸、胸の大きさからは想像つかないウエストの細さ、青い目、酒をもっと飲まなければ、と思った。
クレアはアイルランドはおろか地元からも出て行ったことがないのだという。なのに全てを悟ったふりをしていた。会話があやふやになっていくにつれてアイルランドの国民性や政治について話しだした。イギリスやノルウェー、その他様々な国についてベラベラと当てずっぽうに喋っていた。何の的も得ておらず、本当に、下らない話だった。
僕はこの世界のことを知りもしないで生きていくなんて僕には無理だ、とは言い返さなかった。興味深く聞いているふりをしながら黙っていた。
後もう少しでこの女を抱ける、そう思っていた。
会話の合間に「この街には、というかアイルランドにはラブホテルってないんだよね?君は一人暮らし?」と刺したように聞いた。クレアもそれが何かを察したようで、ぼくたちはそそくさとパブを後にした。
外はすっかり暗くなっていた。街の少しはずれに建てられた古い教会が黄色くライトアップされていた。その向こうには白い三日月が輝いていた。
バス停では飲み過ぎた女が俯き体を震わせていた。いつもの僕なら大丈夫かどうか声をかけるがその時は何もせずに横切った。
家はパブから歩いて10分程度で着いた。どうやらルームシェアで住んでいたようで、クレア以外には3人のアイルランド女が住んでいた。クレアはリビングでテレビをみていた1人にぼくを紹介し、自分の部屋へ連れて行ってくれた。
部屋に入るとクレアは「コンドーム持ってる?」と僕に聞いた。僕はサガミ・オリジナルを持っていた。旅をしていればいつかこんな日が来ると予感していた。
キスをし、服を脱がせても現実感がまるでなかった。洋モノのポルノを観ているような気がしていた。僕がこの女を抱いているのだと実感したのは熱くなったクレアに挿入した時だった。
- Feel so good -
- oh, fuck yeah -
行為中、洋モノのポルノビデオみたいなこと本当に言うんだな、と思った。ぼくは自分のことを何処に行ってもやっている事は変わらない男なんだなと心底思った。
クレアが果てるのと同調するようにぼくも腰の動きを早め、サガミ・オリジナルの中へ射精した。
ぼくにはセックス依存症の気がある。誰かを抱いていないと不安になる。新規に女を抱かないと苦しくなる。
快楽の余韻に浸りながら、日本に残してきた二人の恋人のことを思った。
思い出すことで、別に感傷に浸るわけでもなかった。
月が綺麗だった。
クレアはパジャマとして使っている長袖のシャツを着た後で「日本に一度行ってみたい」と言った。ぼくは「何言ってんだお前」と日本語で返した。
「いま、なんて言ったの?」と聞かれた時「ユア・ウエルカムみたいなもんだよ」
と答えた。
それからクレアの家にしばらく住んだ。勝手に風呂を使い、冷蔵庫の中にあるものを勝手に食べ、怒られたらとりあえず謝った。
クレアが仕事に行っている間、暇なのでとにかく歩いた。カフェに入り、レシートの裏に詩を書いたりもした。自分を探しているつもりが女を探してしまうのはどういう事なのだろう。
冷えたコーヒーに映った自分をみた。
レシートの裏に書いた詩のタイトルは"真実の愛"だった。表題を決めた後で詩を書くことは時々ある。
好きでもないのに好きだと言うことだって、時々ある。
いつ日本に帰ろうか、そう呟いて、羽織っているコートの破れている箇所をなぞった。
コメント
コメントを投稿