僕の渚
コンパクト
白粉塗って口紅付けて
ラインを引いたらつけまつげ
今日は彼とデート
今日は彼とデート…
きっかけもなく突如この手遊び歌を思い出した。
どれほどの人が知っているか分からないが、僕が保育園児の頃にはこの唄にダンスをつけて皆の前で踊るという罰(のようなもの)があった。
今思えば大変可愛い罰だ。
今も受け継がれているのだろうか。
当然僕も何かをしでかし、何度か皆の前でこの曲を踊った。この話を糸口に出てくる話などないが、思い出した時、懐かしさがしきりに僕の心を打った。
今からしばらく、僕は僕の話をしようと思う。
自分語りは何度もしてきたがまたしたい。
そんな夜だ。
○
全ての人間がそうであるように僕にも幼少期があった。
全ての人間がそうであるように僕は世の中の何も知らなかった。
僕はTシャツに膝まで入れて寒さを凌ぎ、ぼんやり空を見ているのが好きな男の子だった。
保育園児だった頃の記憶は案外残っている。保育所はアヒルを飼っていた。キリストの劇では羊飼いを演じた。演奏会では大太鼓を担当した。走るのが早かったので運動会では褒められた。
ただ小学校の記憶はほとんどない。
梅雨の時期の不愉快さと、同級生の同調圧力に一体化できなかった疎外感しか残っていない。
今でこそそれが良かったとは思わないが、いじめっ子を作ることで一体感を生み出す女子グループ、とにかくデカイ声を出して叩き合う男子グループを前に思考を放棄したくてたまらなかった。
何事も多勢に無勢である。僕は僕なりの平穏で退屈な日々を送りながら、いつでも弱みを見つけようものなら付け入ってくる無邪気で残酷な同級生にびくびくしていた。
学生服に身を隠している以上、傍から見れば僕も彼らと変わらなかっただろうが、内心は精神病棟から出たくて叫ぶ精神病患者みたいだった。
やがて喉仏の痛みが始まり、治まる頃、今度は無邪気で残酷なうえに暴力が追加される中学校生活が始まった。
何かが起こりそうで何も起こらない日々を過ごすうちに14歳という大切な歳が僕にも訪れた。ふとした瞬間に、途方もない嵐のような孤独が自分の中で渦巻いているのに気付いた。
孤独に向き合うなんて発想すら持たなかった時分、毎日訪れる夜が怖かったのを覚えている。何かをしたくても何も出来ることがないのだ。酒の味を知らない子供にとって、夜の街は遊具のない公園と一緒だ。
撮りたいものもないのにビデオカメラを持って散歩したこともあるが、大抵は家から出ず朝まで起きて、色を得て瑠璃色に移りゆく空を窓越しに眺めるしか出来なかった。
少し悲しいけれど大切に違いない思春期の感情さえいずれこの身体ならなくなる…なぜだかそういう気持ちを拭えなかった。変わりたくないという気持ちと、変わらなければ見えない次の階段があるのだという予想が同居していた。
自分を知る前にまず自分に疑問を持つという最初のステップを踏めても、次のステップまで行くのに時間が掛かった。
もちろん興味ごとは自分ばかりじゃない。僕は女の体にも興味を持つようになった。僕は僕に身を委ねてくれる女…永遠に僕だけを見ていてくれる女性がいてくれたら良いと思うようになり、いるはずだと信じるようになっていた。
隣を歩けば恥ずかしくて何も言えなかった、そんな自分を捨てて女の身体を迫れば思っていたより簡単だった性交渉に薄っぺらな現実を覚えて、熱心に弾いていたギターも惰性で続ける趣味だった。
未熟な男女の、束の間の蜜月を永遠にするための努力と、情だけになってもまだ続く男女の関係に嫌気がさし、繰り返しているうちに高校時代も終わってしまって、二十歳になってようやく僕は心で愛する人は身体で愛せないのが詩を書く男の運命だと知った。
大人になったら純粋さ、無邪気さは生きることの障害になる。
何度か女に別れを告げられて気付いたが真面目に生きることは自分の殻に閉じこもることにも似ていた。
強くなければ優しくなれない。
誰かを愛する前に自分を愛さなければ誰も大事に出来ない。
実際そうなのだろうなと思いつつ僕自身は自分の弱さ、愚かさに首根っこを抑えられて抗わない愚かな男だった。弱さも晒さなければ信じ合えないというのに。
今すぐに葬りたい記憶のすぐ横で輝いている何物にも代えがたい経験を青春だと言うなら、僕は僕の青春を書き果せないだろう。既に記憶は僕にとって一番都合の良いものに変わってしまったし、この不正を正すには伴う痛みが強すぎる。
「人は過去を忘れ、今に専念して生きねばらない」というどこかの小説で読んだ一文に頼って、僕は過去を無理に掘り返さないという選択をした。
人生はピースを失くしたまま見つからないジグソーパズルだ。
ブログは誰にも届かないことを祈って投げる天邪鬼なメッセージボトルだ。
過去あった話を書こうが、トラウマを書こうが、夢を書こうがこのネットはあまりに広大で、僕の声をかき消してしまう。だからと言って不満はない。文章でしか表現しようのないこの価値観を受け止めてくれるのもブログである。
要するにこのブログは、時々淋しくなると来てしまう渚だ。
○
もう午前三時半を過ぎた。
酔いを醒ますために書き始めたが随分夜更かししてしまったな。
いいかげん眠るよ。
酔いを醒ますために書き始めたが随分夜更かししてしまったな。
いいかげん眠るよ。
では。