喪失の友③
おれは24歳になった。おれはおれのことを「ぼく」と言っていた時代を終わらせた。大人になったんだ。大人になるってことは不必要な人間に関わらないってことだ。だから川上とはもう長らく会っていない。地元嫌いも以前より増して、おれは自分の出身地を言わなくなった。社会に出てから24歳になるまで、おれはたくさんの経験を積んだ。何を得たのかは分からない。
川上とおれが会わなくなった理由は進学先の違いだけではなかった。高校に進むとおれにはすぐに彼女ができた。一人暮らしをしている年上の女だった。
のめり込むには最適な女だった。付き合った二日後には同棲をはじめ、依存し、依存され、共依存していくうちにおれたちは他の誰とも会わなくなった。ギターのことなど全部忘れて、学校と彼女の家との往復を繰り返した。
おれは彼女が好きだったけど、二年も経つとそういう気持ちも失せてただ惰性で毎日を過ごすようになった。女も、だんだんおれ以外の人間と交流を持つようになった。いろんな人間と会うようにしはじめた。おれはあの女が人間的に成長して人生観を広げたいと思ってるなんて知らなかった。
女はおれ以外との予定を大事にするようになった。おれにあれだけ夢中だった女が他の人や出来事に関心を深めていくのが腹立たしくてたまらなかった。おれはあの女を傷つけたかった。思い通りにならないと手をあげるようになった。
おれはコンドームをしなくなり子供を作ろうとした。そうすれば嫌でも結婚したくなるだろう。浅はかだったが、おれにはそれを批判する友達や親はいなかった。批判する友達がいないと、不道徳な行いはまるで制御されない。彼女も最後辺りなにも言わなくなった。
大抵、他人へ迷惑をかけまくる人間には親身な友達や家族はいない。誰にも相談できないってことは、誰かに迷惑をかけても批判されないということだ。その点に関してだけはみんな優しくなって何も言わなくなる。面倒を避けるためでもある。それに気付かない人は平気で他人へ迷惑を働くようになる。利己的な人間はもっと利己的になる。他人に無礼を働いても気付かない。ありがとうを言わなくなる。ごめんなさいも言わなくなる。指摘してくれる相手が敵に思える。人を傷つけても気付かない。
おれがそうだった。しかしそれの何が悪い?おれは周りの人間が全員敵に見えていた。
おれが学校の卒業を迎える頃、女は置き手紙を残して行方をくらました。おれは大変なことをしでかした、と思ったが遅かった。泣きながら街に出ても女は見つからなかった。置き手紙には妊娠していたことやその子を産みたくないこと、別れたいこと、もう会いたくないこと、今までおれがたくさん彼女を傷つけていたことが書かれていた。読んでいる最中動揺を隠せなかった。おれは何も気付かなかった。おれは彼女を絶対に去っていかない自分の体の一部のように思っていた。
街に飛び出しながら彼女を捜す。誰も、愛するな。傷つけるくらいなら誰も愛するな。迷惑をかけるくらいなら誰も愛するな。ひたすらそのような言葉が脳裏をチラついて消えない。人目も憚らずにおれは泣きじゃくり街が涙で満たされて輝いていくのを見ていた。
悲しみや怒りの中で決意なんてするもんじゃない。おれは、誰も愛さないと決めたその時から女への憎しみを増していくのを止められなかった。一方ではさらに強く愛するようになっていくのに気づきながら…
おれは女がそばにいないと寂しいと思う。そうしてそばにいてくれる女は憎いと思う。大事に出来そうもないのに女を好きになり、やはり大事にできず、また抱きたいために嘘ばかりつく男となったおれは自分の卑怯さと天の邪鬼さに、どうしようもない頼りなさを覚えていた。女がいないと自分が成り立たないような脆い心は一体どのようにして強くなれるだろう?自恃だ、自恃だと自分に言い聞かせても心が空白で満ちる。けっして癒されずに血を流し続けるような傷は、傷自ら癒されようとしない。
おれは高校を出ても就職しなかった。かと言って大学に行ってまで子供を続ける気はなかった。そんな金もない。人生における大事な時期におれはおれを見失い、落ちぶれていく自分を止めようとしなかった。ひたすら自分に同情し、自己愛に傾倒し、深い穴を見つめたまま動けなかった。将来を見据えないまま卒業し社会に出た。
女と別れたり、仕事が苦しいとき、おれは生まれた街や環境を思い出して今の自分の汚さをそれらのせいにしていた。惨めだったが他に考えようがなかった。おれのような男が何になれると言うのだろう。
昼間の仕事には良いものがない気がした。やりたいこともなく、技術も資格もなく、我慢強さもなかったおれは定職につかなかった。飽き性のうえ他人とのコミュニケーションも上手くとれないせいですぐに揉めて辞めてしまう。昼はパチンコ屋で働き、夜はセクキャバでボーイとして働いたりもした。セクキャバで働いていた女に囲ってもらってスナックをやったがその女とも揉めて店を辞めた。
辞めた後は他の女に面倒を見て貰っていた。東京に住んだ時期もあったがすぐに破綻し大阪に帰ってくることとなった。このままじゃいけない、とは思っていたが結局こうなるまでおれは何の対策もしなかった。これもたった数ヶ月前の出来事だ。
今は寮付きの工場で働いている。夜の仕事ほど楽ではないが、週二日も休みがあるし長期休暇もあるから嬉しい。男ばかりで嫌になることもあるが女が多ければ揉める元になるからそれでも良いと思おうとしている。毎日、同じ時間に眠れるのが普通の生活だな、と思うと不思議と充実感があった。
そんなある夜、眠る前に川上のことを思い出した。何をしているだろうか。あいつもおれと一緒で毎日を無事に過ごしているだろうか。苦しんでいるだろうか。あいつの笑顔が懐かしいと思う。次に夜の仕事をしていた頃の記憶が勝手に蘇ってくる。おれは人と接するのが嫌なのに無理に人と接していた気がする。昼間働いてる人は真面目だなと思うが面白くない人が多い。人生に味があるようにも見えない。かといって夜の世界で働いてる人は面白い人が多いか?そう言われれば間違いなくNOだが、それでもよく笑う人たちが多い。よく笑う人たちはおれまで笑わせてくれる。ろくでもない奴が多くて嫌になる時もあったが、どっちもどっちだな。おれはどちらも知っているからそれでも良いじゃないか、と思うことにした。
今晩は寝付きが悪い。いろんなことを思う。妙に孤独を感じない夜だ。女のいない生活は自分を見返すには良いかも知れないな。
社会に出てしばらくすると人は自分が恵まれて育ったことを忘れて平気な顔で教養や学歴のない人を馬鹿にするようになる。夜の世界で働いていた時おれの周りには教養がない奴が嫌いだと言う人間が多かった。昼の世界もそういう奴ばかりだが、そういう奴らは夜になって酒を飲み出すまで大抵静かにしているものだ。
街で飲んでいると、物腰の柔らかいおれは格好の的だ。他人に諂ってしか生きてこれなかったおれは、いつのまにかコミュニケーションを取るのが上手になった。その代わりに舐められやすくなった。40,50代の男はおれの腕に入れてあるタトゥーをみるとすぐに突っかかってくる。
年々、相手が年下だったり自分より偏差値の低い学歴の持ち主だと気付いた途端高圧的な態度に出る人間が増えていく。おれはそういう奴らに何か言われると、酒なんて飲みに外へ出なければ良かったと思う。夜眠る前は最低な気分になる。想像していた通りだった。おれが子供の頃に思い描いた大人の世界もだいたいこういう物だった。くそったれだった。殴りたい奴ばかりだった。他人にどう思われているかなんてそう気にしてなかったが、向こうからおれを馬鹿にしだす。そういう人たちはハミダシ者を放っておいてくれない。出身は?学歴は?と聞かれてうっかり正直に答えてしまうおれは何度も掴み合いの喧嘩をした。馬鹿にされたくないことを馬鹿にされるとおれは冷静になれなかった。なにより、おれはおれが本当に馬鹿なのが我慢ならなかった。
簡単に賢くなる術は分かっている。あいつ等のように、馬鹿を見つけて馬鹿にすることだ。でもそんなことは許されない。自分の存在に他者が必要になるような人生観の構築は、もうこれ以上避けたかったのだ。
おれは文学的に生きてみたいと願っていた。今だってハードボイルド小説の主人公のように自分だけを頼りに生きていけたらと願っている。おれは女といない暇な時によく小説を読むようになっていた。私小説なんかも好きだ。正しい言葉の使い方がそこには自然な形で書かれていたし、感じたことを言葉にできるようになると嬉しかった。
ハードボイルド小説ならおれは特にレイモンドチャンドラーのマーロウシリーズをよく読んだ。この世界において人は、コーヒーを一杯飲み、ホテルに戻る途中、ギリシア風のデリカテッセンでチーズ・ダニッシュとミルクを半パイント買って、自分の部屋で食べる…たったそれだけで人間が確立される。ハードボイルドは「だから何になる?」とか「誰のためになる?」という言及をしない。準古典とまで呼ばれる作品はあくまで文学的で主体性に重きを置いているようで、それが好きだった。
現実逃避に似た形で小説を読む一方でおれは「自分とは何なのか」「世界とは何なのか」こういう哲学めいた問いが自分の中でいつまで燃え続けて消えなかった。人は誰でもない。誰にもなれない。この世界は外延を失ったまま内包を続ける概念だ。
人は自分より格下の存在がいないと満たされない物だと納得できるようになるまで、いったいいくつの夜を費やしただろう。川上と連絡を取ろうと思った。
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