喪失の友②

いじめの対象としたのは笹山くんという無口な男子だった。彼はちゃんと塾に通わせてもらっていた。それにも関わらず成績が良くなかった。ぼくらより恵まれているのに落ちぶれている…いじめる条件はそれで満たされた。門限が「ちゃんと」あって、5時には家にいなくちゃいけない男子生徒だった。クリスマスプレゼントには当時最新とされていたMDウォークマンを貰っていた。

笹山君はぼくの隣の席だった。彼が休み時間MDウォークマンから伸びたイヤホンを耳にして、勉強机に両腕を組んで寝ようとした時、ぼくはあまり興味はなかったけど、時々は交流を持ちたいと思って彼に話しかけた。

「なぁ。何聞いてるん?」
笹山君は、ぼくを無視した。イヤホンをしているのだから聞こえなかったのだろう。けれどぼくは何故か腹がたって乱暴な気分になった。
「イヤホンしてたかて聞こえるやろがボケが」
笹山くんの耳に着いているイヤホンを引き抜くと、笹山くんは目をいっぱい開いてぼくを見た。
「なに、驚いとんねん」
笹山くんの表情が怒りを示すように歪んでいった。
「なんやねん」
そう笹山くんが言うと同時に、ぼくは怒りが溢れ出し笹山くんの胸ぐらを掴んで持ち上げた。周囲の女生徒が高い声で叫んだ。笹山くんは立ち上がりながらぼくの髪を掴んだ。先に手を出したのは、笹山くんでも、ぼくでもなく、今さっきまで携帯型のミニテトリスをやっていた川上だった。

川上が笹山くんの背中を思い切り蹴った。笹山くんが膝から落ちていくのが、とても遅く感じられた。膝をついた笹山くんの顔を、ぼくも思い切り蹴った。

蹴られた笹山くんが隣の席の椅子に顔をぶつけた。勢いでよろけるぼくと、どこかから聞こえる「ううあ、いったー」とか「やりよった」という声。女生徒の叫び声が響いた。鼻を抑えながら、指と指の間から鼻血が垂れるのをみても川上は止まらず笹山くんを殴った。ぼくは笑いがこみ上げてくるのを怒りの表情で隠しながら、笹山くんの勉強机を持ち上げて笹山くんに投げた。勉強机に脳天直撃し、脳震盪を起こしながら恐怖の表情でいっぱいの笹山くんが血痰をからめながらぼくたちに、すみません、すみませんでした、すみません、ごめんなさい、と言った。

その後3人は別の教室に連れて行かれ、何があったのか一部始終話すことになった。放課後が来てもぼくらは解放されなかった。笹山くんの母親だけは笹山くんを連れて帰った。川上とぼくは、全然連絡の付かない親をずっと待った。夕焼けが沈み、夜が来るまでずっと待った。

9時にぼくたちは解放された。ぼくたちの親は結局来なかった。



笹山くん暴行事件はすぐ他のクラスや学年に知れ渡った。それからぼくたちは不良たちの暇つぶしに付き合うはめになった。不良たちはぼくたちを仲間だと思いたかったので、一度大勢の前でぼくたちをボコボコにした。そうしておかないと、不良たちはぼくたちを仲間、いや格下に置けなかったのだろう。

ある日、川上が丸坊主にさせられていた。それを見た翌日、次はぼくが集団で暴行された。その後、初恋の女の子が犯されるのを黙ってみていた。

ぼくの初恋の人は、ユリアといった。漢字は不良漫画に出てきそうな当て字だった。色が白くて、体が小さくて、声が低かったから人より落ち着いて見えた。胸が大きかったから暑い日に無防備な服装をしている時、胸元をよく見た。

ユリアはしばしば校庭に一人でいた。ぼくは偶然を装って何度も話しかけた。お互いの緊張が溶けた頃、ユリアはこんなことを言った。
「おっぱい、よく見てるの気付いてるからね」
ぼくは確かによくおっぱいを見ていた。

ぼくは彼女が好きだったけど、どうしたらぼくに振り向いてくれるか分からなかった。だからギターを弾きはじめた。いつか彼女の前で歌も歌いたかった。かっこいいギターを弾けば、ユリアがぼくを好きになってくれる気がした。

乳首の色はきれいなピンクだった。ユリアのほっぺたと同じくらいピンクだった。そのおっぱいが四人の不良たちに揉まれ、犯されているのを、ぼくは黙ってみていた。口の中が切れて、血の味がした。

絶叫しながら中で射精されるユリアの歪んだ顔が、その後のぼくの性生活に強い影響を与えた。乱暴な口の聞き方で、顔を叩いたり首を絞めながら性交するのがたまらく興奮するようになった。綺麗な顔をしている女ほど、苦しんでいる時に醜い顔をする…

ユリアも丸坊主にされたと後日知ったが、ぼくが彼女をみる機会はなかった。彼女は挨拶せずに転校していったのだ。

ぼくが不良にならなければ、一緒に歩いていなければ、ユリアは巻き込まれなかったのだろうか。時々そんなことを思う。彼女がぼくのギターを見ることはなかった。

刑事事件にはならなかった。先生たちはぼくたちが笹山くんに暴行を働いた時あれだけ説教したのに、不良たちには特に何もしなかった。

ぼくたち二人は不良たちと群をなして行動する機会が増えた。他校の生徒との揉め事には必ず呼ばれた。川上もぼくもそういう場所に行くのが嫌だったけど、他人に恐怖を与えることに少しずつ慣れてきて、揉め事の後にまで残る胸のこの高ぶりもまた好きになっていた。

集団で窃盗もした。指示してくるのはヤクザの下っ端だった。どこでそんな繋がりを持ったのか分からないがぼくら不良たちのリーダー格はそのちんぴらと交流を持った。窃盗が成功すると笑いがこみ上げてきた。報酬の少なさにも笑うしかなかった。

笹山くんへのイジメは続いている。手はあげないが思い通りに動かないと机を蹴ったりして脅す。敬語で話さないと、おい、なんつった、と声色と表情を怖いものに変えて改めさせた。

いつの間にか川上とぼくはゲームセンターに行かなくなっていた。その代わりメリケンサックが買える店を探したり、知らない飲食店のガラス扉に石を投げつけて逃げるのが楽しくなっていた。

川上は家出を繰り返すようになり、進学せずにチンピラになった。その後は西成の賭博場で働くようになったらしい。一日の手取は10万を越すのだと聞いたことがある。

ぼくはヤクザにならず工業高校に入った。ぼくにとっての幸せは、ヤクザの世界に入ることではないと信じていた。いつか西成から出るために、せめて高校には行かなければ…当時、誰も相談相手はいなかった。だけどぼくはぼくなりに考えていた。全てが難しかった。中学三年生の夏が終わるまで、アルファベットの大文字、小文字が書けなかった。どこの「普通の」学校がぼくを受け入れてくれるのか分からなかった。

どうして、普通のことを普通にこなすのはこんなに難しいことなのだろう。ぼくが普通なら、これほど普通について考えなかっただろう。

いつの間にか、夜眠る前、布団の中でたくさんの妄想が働いていた時代が終わっていた。

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