少年
淋しくないせいで、淋しい文章が書けないでいる。ジレンマである。
飲みすぎた翌日、ボロボロの状態でないとブログが書けない。ジレンマである。
飲みすぎた翌日、ボロボロの状態でないとブログが書けない。ジレンマである。
悲しみや寂しさが僕の源だというのに、人生頑張るのも楽しむのもそこそこにしなければならないなと思う。文筆作業には常に静寂と孤独、喪失、痛みが必要なのだ。
それでもブログを黙らせているのは嫌なので何か書く。書けない書けないと書いているうちに次に何かが見つかるはずだ。
○
認めたくないが、最近、生活が楽しい。苦しいけれど捨てがたい日々だ。どうしようもない人生だと分かっていながら、若さがその真実を覆い隠してくれる。愚かさの別称である若さに身を委ねながら俗的に行くのがこれほど楽だとは知らなかった。
僕はこれまで、自分が幸せ者なのに納得がいかなかった。
認めたくないが、最近、生活が楽しい。苦しいけれど捨てがたい日々だ。どうしようもない人生だと分かっていながら、若さがその真実を覆い隠してくれる。愚かさの別称である若さに身を委ねながら俗的に行くのがこれほど楽だとは知らなかった。
僕はこれまで、自分が幸せ者なのに納得がいかなかった。
幸せ者はブログが書けない。そう信じて、不幸な状態でしか書けないと言っていたフランツカフカに囚われていたのだ。
今は飲みすぎても二日酔い程度で回復する。筋肉痛になるまで運動しても3日で回復する。若いうちにやれることは全部やるべきだ。勇むにはもう手遅れになっている部分もあるが、悔やんでも人生は戻ってこない。それに人生はいつも何か足らない。
若いうちは金がない。金がある時は時間がない。どちらもある時は若さがない。そういうことは、僕より先に亡くなった人たちが教えてくれたのだと思う。
先日、お世話になっていた方が亡くなった。
僕のバーの扉を作ってくれた方だった。その人は我が強く、幼稚な性格を持っていたが、同時にその「少年らしさ」が良い所だった。もちろん反感を呼ぶ所でもあって、人を選ぶ性格をしていた。敵も多かったみたいだけど、僕には良い人だった。
バーの扉をさすりながら思う。
彼は、老後はシカゴに住んでブルース漬けになる、と言っていた。音楽が、ブルースがたいそう好きだった。僕もいくつかお勧めのブルースマンを教えてもらったことがあって、それらは時々聴く。年代的に僕がブルースに触れる機会がなかったから、足がかりができたのは大変良いことだった。
果たして彼に老後は来なかった。シカゴ移住の夢は夢のままに終わった。
僕の場合は…やれることを今やっておかなければ、きっと後悔するだろう。いつ死んでも良いなんて言うのはもうやめようと思った。早く死んだら後悔するように生きよう。僕にはまだまだやり残したことがあると自分に言い聞かせる。
僕はこれまで人生に何も期待してなかった。天も僕に気にかけたりはしない。僕は「人生が僕に何を期待しているか」考えるようになった。
失敗しても良い。負けても良い。勝負に出る男になりたい。勝てば喜び、負けては悔しがる男になりたい。たとえ目先のことで頭がいっぱいになっていると思われても、その方が人生は楽しい。どうせ僕もガキっぽいのだからガキのまま生きるしかないのだ。
人生の舵取りは自分がしたい。連れて行く仲間は自分で決めたい。頑張るから、応援してくれる人が欲しい。一人で頑張るだなんて、僕はそれほど強くない。身勝手なことを言うけれど、支えてくれる人がいなければ僕は生きていけない。
恩返しはする。必ずするとはよく言えないけれど、僕には出来る気がする。
バーの扉、ガラスの向こうでは雨が降っている。冷たい風が吹いている。
僕は僕の死にざまを探す。数ある死にざまの中で、自分に見合ったものを探す。生きるためだけに仕事する人生なんて下らない、僕は僕の人生を楽しみたいと思う。
僕の青年時代は苦しかった。懊悩していた。寂しくなければやっていけなかったし、楽になることを拒んでいた。同級生の友人Tも、そろそろ20代が終わることについて話した時「20代がようやく終わってくれる」と言っていた。それは僕も同意見だった。
今、この小さな体で、この惨めな経歴で、この愚かさで、僕は僕の出来ることをしようと思う。
人生はきっと短い。傷だらけでボロボロでも、前を向いて歩くしかない。人生をやりきった、と思うためには、生きること、死ぬこと、きっとそういうことすら考えている時間はない。
シカゴ。どんな街なのだろう。
扉の材質が湿気を含んで、少し悲しい。
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