噂
人の噂は酒の肴だ。
バーテンダーは酒の取り扱い以上にこの噂話に気を使わなければならない。
人は噂話を酒場に持ってくる。皆、聞いてもいないのに秘密を打ち明けたがる。言えばスッキリするのか、拡散を目的としているかは正直言って分からない。情報操作によって何をしたいのか分からないが暇な人ほど他人を貶める噂を広げようとする。
被害者意識の強い人ほど噂話に翻弄される。忙しい忙しいと言っていながら、噂好きな人は精神的に暇なのだ。この暇な人に、被害を蒙るギリギリまで寄って引ける器用な人になれたらどれだけ楽になれるだろうか。
大阪のような街でも噂が溢れており、人の少ない田舎でも噂は流れる。都会であればあるほど軽薄さは増し、田舎であればあるほど陰険さが増す。こういうものは古く受け継がれてきた国民性の現れなのだろう。
僕のような男は噂話よりも自分に精一杯でそういうものに構っている暇はない。やれ、誰がレズビアンだの誰が生活保護受給者だの、誰が誰とヤッた等、僕には関係がない。
そんなことよりもそれが笑えるか笑えないのかだけが気になる。僕が噂話を信じる基準は、笑えるかどうかである。真偽はむしろ関係がない。
噂話であろうがなかろうが、どうせこの世間は全て嘘だ。
ただし噂話はコミュニケーション上、潤滑油として機能する。上手に人間関係をこなして行きたいならこの取扱いを学ぶべきだろうと思う。噂話は自分と関係なければないほど面白く話しやすい。ビールを片手に他人を批判するのが好きで仕方のない人は必ずいる。むしろ、その類の人が酒場の運営費を賄っていると言える。
先日もどこの誰が実は学会員で、どこの誰が極右の人間だと聞いて、僕ははぁそうですかと答えながら時間が過ぎるのを待っていた。暇潰しに拭いていたグラスは見事にピカピカになった。会計を済ました別れ際、噂好きのその人は「さっき言ったことは内緒で」と言って帰った。僕はまるで聞いていなかったから、残念ながら、その人の意図に反して、約束を守ってしまうことになる。
僕がバーテンダーである以上このいかにも俗らしい話題からは避けられないようだ。
当然、僕にまつわる噂話も(どうやら)後を絶えない。
僕も酔えばそうとうひどい男だそうだよ。
酒場は紀元前からあったようなので、この類のコミュニケーションは遥か昔から営まれてきたのだろう。そして島国である日本の国民性は土着的にこの陰険さを守ってきた。TwitterやFBは猜疑心を助長し、ラインの既読スルーは感情の暗い部分を刺激するだろう。
人も仕事も溢れて、まったく平和な社会だ。
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