僕のSNSへの態度
僕はTwitter, Facebook, Google plus を使用しているが最近SNSを使い分けた。
簡単に経路と雑感などを書いておこうと思う。
【Twitter について】
こちらはバーテンダーとして交流専用アカウントにした。馬鹿なことを言う気晴らしの用途もある。
集客目的というより、コミュニケーションを図るために利用したいと思う。
簡単に経路と雑感などを書いておこうと思う。
【Twitter について】
こちらはバーテンダーとして交流専用アカウントにした。馬鹿なことを言う気晴らしの用途もある。
集客目的というより、コミュニケーションを図るために利用したいと思う。
最近は他人のタイムラインを見ないようにしていた。はっきり言ってTwitter全体けっこう馬鹿なアカウントが多いせいだ。炎上ツィートはもちろん、炎上を助長する人間像に辟易する。
聞くところによると誰かが炎上発言をするまで監視しているようなアカウントもあるそうだ。
匿名性の高さを大いに活かし「実際の生活では言えない発言」をするアカウントも多く、他人や他国に攻撃的な発言をするアカウントをよく見かける。ネトウヨが会ったこともないサヨクに対してシャドウボクシングしている発言を読んでいると見てはいけないものを見た気がする。
深淵を見ている時、深淵もあなたを見返しているというが全く浅い闇だ。
また144文字以内で政治や宗教について語るのも極めて危険で、144文字に制限されているが故に変な人はその用いられた単語だけに飛びついてくる傾向がある。さらに残念なことだが、僕の実際の知り合いにネトウヨがいる。元々ネトウヨじゃなかったのに徐々に落ちていった。一度ネトウヨになってしまえば知性的に誠実な人間になるのは難しい。
彼らと話していて感じたことだが、彼らは自分が傷つくことを最も恐れている。そのため不幸せの理由は他人にあってほしいし物事には必ず悪意があると信じている。
【Facebook について】
元々、外国人との交流のためにアカウント取得(07年8月頃)したがその後数年で日本で流行りだしたため、フレンドのほとんどが同級生や飲み仲間になってしまった。自然、外国人との交流とは遠ざかってしまう。つい先日フィリピンの知り合いから「酒勾君は英語で投稿しないから何書いてるか分からない」と言われてしまった。確かに、日本コミュニティの中で堂々と他言語を用いることに抵抗を感じている自分がいる。
以前、こういう女がいた。「私の友達に、英語勉強中だからか知らないですけど英語でしか投稿しない人がいてて、私英語読めないし、ムカつくんです」と言っていた。僕はこの発言を思い出す度に思う。ムカつくなら読むなよ、と。
こちらは本来の目的に戻すのと同時に、バーテン的な要素は抜きにして思ったことをそのまま書いて行きたいと思う。あまり誰かを気にして書くのは楽しいSNSライフを失うことになるし、本来したかった交際を壊してしまう。
Facebookアカウントは基本的に実際の知り合いしかフレンド登録していない。セキュリティもTwitterよりも少しだけ高くしてある。
パーソナルな投稿はFacebookにすることになるので、僕と知り合いの方は是非こちらにも申請してほしいと思う。
【Google plus について】
これは当初から文芸アカウントにしている。
僕のTwitterとFacebook読んでくれたら分かるが、まぁまぁ空っぽなことしか投稿していなかったりする。意図してそうしている訳ではない。他者に気を使って書くがあまりノッペラボウになってしまうのだ。
パーソナルな投稿はFacebookにすることになるので、僕と知り合いの方は是非こちらにも申請してほしいと思う。
【Google plus について】
これは当初から文芸アカウントにしている。
僕のTwitterとFacebook読んでくれたら分かるが、まぁまぁ空っぽなことしか投稿していなかったりする。意図してそうしている訳ではない。他者に気を使って書くがあまりノッペラボウになってしまうのだ。
しかし、まぁ、実際のところ自分の内向的世界をSNSに持ち込んでもあまり良いことはない。だから文芸に関することはこのGoogleブログ「そんな夜へ」とGoogle plus でやっていきたいと思う。
最後に、というよりここからがメインになるのだけど、書いておきたいことがある。
SNSは居場所じゃない。これはただのコミュニケーションツールだ。
最後に、というよりここからがメインになるのだけど、書いておきたいことがある。
SNSは居場所じゃない。これはただのコミュニケーションツールだ。
自分は芸人!
構成作家!
カメラマン!
絵描き!
アーティスト!
と書き込み力を見せつけながら辺りを蹴散らす投稿をするより、非力な自分を支えてくれる人と会って酒を飲んでるほうが今後のためになると思う。
君が思っているほど世間は君のSNSを見てない。いや、厳密にはけっこう張り付くように見ている人もいるがその人たちはある種の鬱病患者達だからあまり気にする必要はない。
(深淵を見ている人は 深淵に見られているんだぜ)
(深淵を見ている人は 深淵に見られているんだぜ)
どうしたってSNSで孤独は癒せない。
Twitterで自己啓発的な発言をリツイートしたって聖人にはなれないと思う。
Facebookで経営学的ブログをシェアしたって、社長にはなれないと思う。
Google plusで猫の画像をあげてアフレコのようなものを充てても猫になれないと思う。
Facebookで経営学的ブログをシェアしたって、社長にはなれないと思う。
Google plusで猫の画像をあげてアフレコのようなものを充てても猫になれないと思う。
言葉の自由さがその人の自由さだ。SNSで読んだことや噂話は鵜呑みにせず自分で昇華できるようにならなければ何一つ考えない人になってしまう。
変わりたいなら自分の力で変わらなければならない。 君がぼくの子供でもないかぎり僕が君に言えることはないし、僕には、君が勝手に気付いて歩きだすのを見守るしか出来ない。
このエントリーをsnsに怒りをぶつける人々に捧げる。
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