猫を埋めて

僕が23歳だった年の夏、2匹の猫を埋めた。

まず1匹の猫。車に跳ねられたのであろう茶トラの猫は道路の脇にあった。発見した時僕は無視して通り過ぎた。面倒だからではない。僕にはどうすることも出来ないと思った。
放っておけば市の誰かが回収してくれると思っていた。

家に帰ってしばらくすると、市の職員によって回収された猫は、もしかして生ゴミのように捨てられるのではないか?と想像した。すると冷たい想像が止まらなくなり、動揺が隠せなくなった。

実家にいる母と姉に連絡を取り、猫を埋めるからついてきてほしいとお願いした。家にある必要のないタオルを持って車を出し、ホームセンターで小さなスコップと軍手を買った。それから猫の所へと向かった。まだ誰からも触られていなかった猫をタオルに包むと我々は公園へ行った。街がいつもより静かに感じた。


公園では、犬に掘り起こされるのを懸念して穴を深めに掘った。その時の僕はまだまだ未熟で、猫を埋めながら泣いていた。猫を埋めている間、母と姉は後ろから見ているだけだったがそれでも大きな支えになっていた。

お風呂に浸かっている間、猫に触れた感触がずっと残っているので猫のことばかり考えていた。
翌日、また跳ねられた猫を見つけた。猫の種類について詳しくないからよく分からないけど、白い色の猫だった。茶トラの猫の横に埋めてやろうと、先日使ったばかりのスコップと軍手を使った。今度は誰にも言わず1人で埋めた。
僕は泣かなかった。なるべく陽の当たる場所で、1匹ではなく2匹で眠れるならば少しは寂しくないだろうと思った。その夜から暫く、漱石先生の書いた"秋風の聞こえぬ土に埋めてやりぬ"という句が胸を往来した。

誰が言ったか忘れたが「人は死ねばゴミになる」という唯物的な考え方には異論はない。ただ僕は、たとえ死んだ後でも淋しく冷たい場所で1人でいてるのは嫌だと思う。
みんな寄り添って生きて、死ぬときだって寄り添って死ねたら、いくらか救われるはずだと思う。
猫を埋めてやや変色している土を見ながら、僕はただひたすら死後の世界があることを願った。

2匹の猫の死を僕は流れる時間の中で忘れていくのだろう。忘れることが怖かった。


○
10日ほど前、マンションから飛び降りて死ぬ猫を見た。僕はアスファルトに叩きつけられる瞬間、それが猫だと気付いた。急いで猫に近寄りマンションを見上げた。かなり高い階層にある部屋から脱走したのだろう。
猫は何かに驚いて逃げ出すと地面への距離を計らずに飛び降りる性質がある。

ギジトラ柄の雑種で、生後三ヶ月くらいに見えた。鈴の付いた赤い首輪をしていた。触れると体はまだまだ暖かかったが絶対に助からないことは確かだった。

恐らく、飼い主はまだ脱走に気付いていない。気付いていれば上からこちらを覗いているか、降りてきているかしているはずだ。まだ気付いていないならば飛び降りという事実を知るより、脱走し誰かに捕まったという可能性を残しているほうがまだ良いだろう、即座にそう思った。

僕は急いで近くのコンビニへと向かった。タオルとスコップの代わりとなる大きなハサミ、ゴミ袋(猫を移動させるために買ったが、今思うとコンビニ袋で良かった)を買って猫のもとへ戻った。

そこから近くの公園に行き、植樹付近に埋めた。首輪は外さなかった。死んでいたとしても、華奢な仔猫に必要以上に触れることが少し怖かった。それに首輪は僕が持っていても仕方のないものだ。
飼い主が選んだ、鈴が付いた赤くて可愛い首輪をしたまま天国に行けば良いと思った。いつか飼い主が死んだら、きっと君を見つけてまた飼ってくれるかもしれない。そういう幻想に心を預けて暫く涙を堪えていた。

15分ほどしてマンションに戻ると、飼い主らしい女の人が不安げに周辺を探していた。僕は自分の汚れた手を見られないように歩き去った。

僕は、今起こったことを飼い主に伝えるべきなのだろうか?
脱走予防をしなかったことを指摘すべきなのだろうか?
死んだ事実を教えることで、飼い主はいったい何を学べるのだろう。優しさはいつも難しく、僕には何をすべきか分からなかった。

ふと以前埋めた2匹の猫を思い出した。本当はあの子たちの横に埋めてあげたら良かったのだろう。しかし僕にはそこまでの気が回らなかった。掘り返そうとも思わなかった。

猫についての話は当時どこへも書く予定がなかったが、僕はやっぱり以前に埋めた猫2匹を今の今まで思い出さなかった。

死を恐れている僕が、結局今日も死を忘れて生きている。
猫たちの死をSNS投稿ネタにしたくないし、埋めた自分に同情したくない。けれども今の僕は当時より少しだけ強くなり、こう思えるようになった。
自分が猫の死を忘れないためにブログにするなら書くべきだ。

猫たちよ、いずれにせよ僕もそちらへ行く。時は流れ続けるからだ。
ここにこうして君たちについて書き、僕が現存したこと、また君たちも生きていたことが電子の片隅に残れば、少しは悲しくないだろう。

偶然生まれてきたのだから偶然死んでしまう。
猫に限らず、皆そうだ。

本日のエントリーはここまで。

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