この時期のネット右翼とゴジラ2014
昨晩ゴジラみてきて、ようやく放心状態も落ち着きました。
おはようございます。
8月中旬、この時期はどのSNSも政治的発言が多くなりますね。ツィッターが荒れてます。
色んな思い込みを匿名だからこそ書いてしまうんでしょうが、結局、たくさんの人が未だ太平洋戦争に決着つけられていないんじゃないかと推測しています。僕の観測範囲では先の朝日新聞慰安婦記事問題に飛びついて、慰安婦はいなかったとか言い出す方も何人かいます。自虐史観からの脱却も良いですがそれは願望が強すぎます。ナチス擁護発言だって平気でする同級生もいて、それこそ憂国の思いです。
ツィッターは144文字以内で伝えたいことを纏められる人が集まってますが、たら~と読んでると144文字以上書けないって方がけっこう多いのに気付きました。
僕としてはこの方達が少し危険かなと思ってます。
語彙力がないから何をいってるか分からないし、理解力がないが故にどれだけ歩み寄ってもコミュニケーションのスタートラインに立てない。ラノベのような願望を投影した文章は読めるけど、文学と呼ばれる"他人の人生を知る"ための文章は読まないという人が少なからずいてます。
僕がドイツに数ヵ月滞在していた頃、あちらの人は日本人よりも敗戦の事実を認めている印象がありました。実際にどんな振る舞いをするのかと言えば、市民は戦争について安易には語らないという選択を取っていますし、ナチス擁護発言は法的にしてはいけないことになっています。
言論が自由でない国々も、日本みたいに何でも書いて良い社会だったら、日本のネット上で活動する右翼みたいなのが出来るのでしょうか。その辺りは外国と、その場に住んでた友達が遠く離れている現状に於いて判断できません。
歴史修正主義を取らざるを得ない人達が今後もっと増えて、SNSやまとめサイトに「戦争の時、日本はちゃんと宣戦布告してから戦争を開始したし、攻撃だって先に仕掛けなかった。日本は原爆を作ろうとはしていなかったし、短期決戦なら勝てた。制圧下だった国々に学校とか病院つくって文化発展に貢献したのだ。」と書いて広めれば、彼ら(あるいは僕も)救われるのでしょうか。無理でしょう。みんな苦しんでいます。
終戦後、日本人の神は人間として存在することになり、代わる personal jesus も不在のまま何を信じて生きていけば良いのか分かりません。何にでもなれる世の中は何者にもなれない人々を作りました。行為の戦争が終わると次は感情の戦争が始まり、僕たちはアノミー的な不安を抱えたまま生きねばならなくなりました。
ネット右翼の大半は今の時期コミケに熱意を注いでいるので近頃少しマシになりましたが、彼らの夏が終わるとまた行き場のない不満はネットへ雪崩れ込んできます。
その時、普段から国についてそんなに考えてない(僕のような)人間は何をすれば良いのか?それは彼らへの理論武装やカウンターではありません。ネットでネット右翼を批判するのは逆効果です。
彼らに必要なのはネット越しの正義ではなく実生活上の友達や恋人です。
親友がいる僕にも暗い夜はやってきます。
疲れて自尊心が薄れている時、どうしても自分より馬鹿をみて安心したくなる。誰が不満の原因か突き止めたくなる。苦しい状況が継続すれば諸悪の根源は日本や他国にあると思ってしまう。
そのような、声に出すには行き過ぎた思想に対して「とりあえず飲みに行こうぜ」とか、こっちの気持ちを知りもしないで「ね~かまって~」とか言ってくれるトゲのない人が必要だと思っています。
今さっきだって友人Tから割引券あるのでオイスターバーに行かないかという誘いがきて何だか落ち着きました。なんか企みが見え隠れしてますが、まぁ、いっか。
今回のエントリーは戦争とかネット右翼について書くつもりじゃなく、ゴジラ凄いよ!て書くつもりだったんですが、それも仕方ないこととしましょう。
あれには打ちのめされました。もうちょっと時間が経たないと何も書けそうにないです。まずは友人Tにゴジラ凄かったと伝えなければなりません。
それでは。
コメント
コメントを投稿