うたかたの恋人たち
あの人を好きになったのは何年前の出来事で、一体どんな季節だったろう。
価値観が違うことはすぐに分かったけど、どうにかすれば乗り越えられると信じていた。だから好きであり続けていた。他に嫌いになる方法も思いつかなかった。どうして好きなのかはハッキリ言って分からなかった。どうしても好きなのかだけは目を閉じるだけで分かったというのに。
価値観が違うことはすぐに分かったけど、どうにかすれば乗り越えられると信じていた。だから好きであり続けていた。他に嫌いになる方法も思いつかなかった。どうして好きなのかはハッキリ言って分からなかった。どうしても好きなのかだけは目を閉じるだけで分かったというのに。
恋が綺麗なものじゃない。なのにどうしてぼくは恋を求めるのだろう。
あの人と二人きりの時、話題の種が見つからなかった。デートでどこに行っても見つからなかった。何の話をすれば喜んでくれるか分からないから、質問ばかりしてしまった。当然、質問ばかりじゃ会話が成立しない。その上、あの人の答えはぼくの共感する神経になにひとつ触れなかった。あまりにもあの人は普通で一般的な女だった。
ぼくは自分のことを凡人嫌いだと思っていた。でも実際は「普通の女」に憧れているのだと気付いたのは、あの人が面白くない話をしている最中だった。
"普通"も"女"も、分かった気になれなくて、ぼくはいつの日かそれらを憎むようになっていた。心の慰めに女を抱いて、その後で満たされない自分に出会う。
ぼくが真面目に話しているというのに、ぼんやりしたまま理解できない国語力の足りない普通の女たち…悲しみも空虚も分かってくれない普通の女たち…同じ社会に生きているとは思えないほど純粋で、透明で、決して手に入らない普通の女たち…ぼくが心の悲しみを隠そうとすればするほど、それに気付いて慰めてくれる普通の女たち…
あの人といてるのが苦痛に思えた。あまりにも輝いている気がした。生まれつきの女性至上主義であるぼくが抱く理想の女性像がこんなところにいてたなんて思いもしなかった。
ぼくの連想が無限に広がり、それに伴い孤独がぼくを蝕んだ。
- 愛していると言ってくれ -
好きな女に限って何も言えなくなる自分にやきもきした。ねだってもおもちゃを買ってくれない時の子供のような気分だった。そんな遠い日の出来事を大人になってからまた感じるのが悔しかった。
そこまで好きになってしまったらもう全てが幻だ。ぼくはあの人の前でご機嫌取りしかできなくなった。
何人もの女を口説いてきたぼくが、このあたりじゃ男前で通っているぼくが、文才ある詩人であるぼくが、良い本を何百冊も知っているぼくが、ギターの上手なぼくが、歌の上手なぼくが、ビリヤードの上手なぼくが、写真を撮るのが上手なぼくが、絵の上手なぼくが、良いカフェをたくさん知っているぼくが、英語を話せるぼくが、あの人とキスしたい時に何も言えなかった。建前だけの自信は、ボロボロになった紙クズのようだった。
好きだよ、可愛いね、と言えば「そういうのは時々言うから効果があるのよ」と返されたとしたら、他に何が言えるのか分からなくなった。だからといってあの人がぼくに何かを語ってくれるなんてこともなかった。ぼくといて楽しくなさそうなのが見ていて辛かった。
けれど、この気持ちが一方通行だったわけではない。あの人もあの人で、ぼくと話が合わないのが辛い、と言ったことがある。
「あなたのこと、大好きなのに、何を話して良いのかわからない。伝えたいことはたくさんあるのに、会ってるときも、電話のときも、メールでさえ何も言えなくなるのよ」
これを聞いた時、心が震えた。ぼくにはそれで十分だった。
きっとこのままじゃ二人は破局するだろう。そんなことはもうどうでも良かった。愛はきっと、この一瞬に留まって、ぼくたちだけが過ぎていくのだろうと思った。
「明日、朝早い?」とあの人が聞くだけで、ぼくに帰らないでほしいと言っているようだった。それ以上は何も言わないあの人がとめどなく好きになっていく。抱き寄せたときに目を閉じるあの人が、ぼくを愛しているように思えた。
セックスすると、二人は思いきり乱れた。ぼくはすぐに射精しそうになるし、あの人はキスの段階でオーガズムを終えた後のような顔をしていた。一緒に眠るとき、ぴったりと体を寄せて離れようとしなかったのが何より幸せだった。
分かり合えなくても、本当に大好きだった。
ぼくは自分を見失うほど強烈な、苦しい恋をしていた。
分かり合えないから好きになって、分かり合えないから別れた。
○
恋が失われ、愛がそこに残った。
何度も言った愛の言葉が、行く末を失うと同時にぼくの心を全部持って行ったのだろう。ぼくは全てを失った。女と別れた、たったそれだけでここまで絶望できる自分があまりに滑稽だった。
それから時間をかけて自分を掘り下げ、壊し続ける日が続いた。底にたどり着くまで悲しみ続けた。男にとって昔の女への未練はそのまま自己愛だから、それさえなくせばきっとぼくは変われるだろうと思っていた。
あれほど誰かを愛せることを教えてくれたあの人に、これ以上干渉したくない。もう十分だろう。
たったそれだけを自分に思い込ませるためにいったいどれほど時間を費やしただろう。
詩を8000以上書いても失恋の痛みは消えない。
○
ここまで正直になるために、かなり酒を飲んだ。
でもまぁ、さて…ぼくは結局、何を言いたかったのだろうか?書き始める前はラブレターを書く予定だったと思う。
"普通に物事を見据える力がほしい"
それが脳裏をよぎって
(以下、空虚が胸を掴んで進められず終了)
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