愛しているのは存在してるのかどうかさえ分からない「失われた何か」

不幸な人間が幸せとは何か探す行為、それがブログであってほしい。

孤独な人間が自分の孤独を確かめる行為、それがブログであってほしい。

「失われた何か」を書き続けて自分を癒す孤独な作業、それがブログであってほしい。

「あったかどうかさえ疑われしい存在」の透明な輪郭を描き続けて真実を浮かび上がらせるような悲しい遊技、それがブログであってほしい。



 目覚めた時、街はもう夕焼け色に染まっていた。昨日も飲み過ぎた。だるい体を起こし窓から空を眺めて思う。着替えて、冷蔵庫から缶ビールを取り出してとにかく街へでて、蓋をパキリとあけて飲んだ。

寝起きのぼくはいつも空白で、眠りに落ちる頃はいつも黒く満たされている気がする。一口目のビールの味だけがこの世界で唯一信頼できるものかも知れない。


夕焼けの色が本当のこの世界の色だとしたら、もっと早くに知りたかったと思う。
今ではもう遅い。
ぼくは嘘ばかり信じすぎた。

夕焼けが夕暮れとなった頃、自分は馬鹿だという自嘲と共に飲み干したビールはぬるく、炭酸も抜けていて不味かった。指先の震えは缶ビールひとつくらいでは治まらなくなった。

自嘲するやつは馬鹿だ、そう自嘲する。キリがないのでブログを更新しようと思った。


        ○
一度くらいは真実を書いてみたいと思うが、それをするにはブログには欠点がある。孤独がブロガーに書かせる文字は誰かに伝わったときには嘘に変わり果てているため、真実はブログでは現せられないのだ。

見たいものだけを見て、思いたいことだけを思って自分に都合よく世界を変えて生活する我々は、願望と理解を履き違えて生きている。

たとえば仕事をせず親に家の面倒を見てもらう生活が続いて、たとえば女の家に転がり込んで金をもらう日々が続いて、たとえばまともな仕事をしてと言ってきた女たちから逃げる夜が続いて、たとえば結婚を約束した女の家族と会う日に酒を飲み遅刻し正常な会話ができないほど酔っぱらった昼がやってきて、それを書き殴ったとしてもそれは事実であって真実ではない。

ぼくは真実を知らない。知らないことはブログに書けないだけの話だ。


        ○
好きになった女を、大事にしてくれた女を大事にできないのは何故か知りたい。一度でも女を抱いた男がその女を生涯に渡って理解できなくなるのは何故か知りたい。

理解しようとすればするほど理解できないことに気付き、知れば知るほど冷たくなっていく。傷つかない、傷つけないために嘘に頼り始めたのはいつ頃だろう。

嘘を事実と信じる人がぼくを批判し、おれに酒を飲まし、私をただのアル中なのだと目覚めさせて、このまま魂はどこへ流されていくのだろう。


気付けば空は全ての色を失い、夜がぼくを掴んでいた。

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