転生しても死を願いました
「ごめんねぇええ!!元気な子に産まなくて、ごめんねえ!!」
転生前、つまり生前最後に聞いたのは母の言葉だった。
転生先のこの世界で彼の母の強い願いが、彼の望んだ世界条件と相乗した。彼はこの世界で人間にはならなかった。生物は必ず死ぬが彼は死なない。それが生物の条件である。だから彼は人間ではないと言えた。
異世界へ転生する時彼は願った。その世界で唯一無二、絶対に死なない、なろう小説の主人公のようにチートになりたいと。
数ヶ月の眠りから醒め転生した先の世界でその夢は叶う。
「勇者様、危ない!」
「う、うわー!」 彼は死なない。
四股を裂かれ、目をくりだされ、腸を引きずり出され、喉仏を握り潰され、心臓に険を突き刺され、性器をちぎられ、首を失い、大量に血を失っても死ぬことはなかった。
「ご主人様、わたくちも一緒にお風呂にはいるです!」
彼をご主人様と呼び慕ったメイド幼女も、憎まれ口を叩きながらも決して離れる日がなかった狐耳娘も、男に見えるが実は美しい女騎士も、おっとりした口調の豊満な身体つきをした女魔法使いも皆たった100年彼を支えられなかった。
長寿であるはずのエルフとの恋愛でさえ寿命による死を持って別離を迎えた。愛しい日々はあっと言う間に過ぎた。
「勇者様はお年を召しません。どれほどお慕いもうしても、もう老いさらばえたわたくし眼には、勇者様が悪魔より恐ろしくこの目に映るのです」
何度、女たちとこの会話をしてきただろう。
あの日、愛を誓い合った姫騎士も今はもうどこに埋めたかさえ覚えていない。
この世界に訪れた時に揃えた銅の剣、鎖かたびら、支えてくれた仲間たちの死体は既に風化していた。どの墓がどこの誰の物だったのか忘れてしまう自分がことさら虚しかった。
死にたい。
転生して数十年はこの世界の人々のために戦っていた。しかし今では自分の死を願うようになっていた。
転生時に付与された不老不死というアビリティは決して彼を離さない。死なないため死ねない。
このアビリティ「不老不死」には解放条件があるはずだ。根拠はない。だがこの呪いを解かねばならない。もしかすると、魔族に勝つか負けるかして民が勇者という存在を忘れた頃に自分は死を迎えるのではないだろうか。そう信じるほか道がないように思えた。
戦争に負ければ勇者を語り継ぐ人間がいなくなるのだから彼はとにかく民を奮い立たせては勝てない戦に赴かせた。
「あの男は戦場から逃げた」
「あの男は勇者ではない」
「あの男を追放せよ」
自分から勇者という称号がなくなっても不老不死スキルが解除されないと気付いた頃、人類はもれなく全員魔族の奴隷だった。
疲れ切った肉体で彼はマクドナルドを想った。あのチキンナゲットを、マスタードたっぷり浸けたチキンナゲットをマックシェイクで流し込んだあの日はもう帰ってこない。
愚かだった。
民も愚かだった。しかしもう遅い。
彼は人類を無理心中を目的にして使った。希望を失った人々は奴隷として生きながらえるのみ。げに彼が勇者でなかったなら人類は彼の準備した愚策に気付けただろう。
不老不死以外に彼が付与されていたアビリティ「カリスマ」が民を盲目させた。
戦争のさなか、村の生き残りからある伝承を聞いた。全てのアビリティ、呪いの類いのものを解除する呪文を封じた福音書の存在を。
新たに会得した探索スキルと多大な時間を使い、封印された洞窟を解放し聖書庫を探した。
その頃にはすでに人類は絶滅と言ってさしつかえない状況だった。文明は根こそぎ失われ、除去されていた。ただしそんなことはお構いなしだ。彼は自分を殺せるならそれで良かった。
数百年使い、彼はようやく福音書に辿りついた。恐らくこの世界の根元に辿りつくはずの福音書。終焉を感じつつ彼は巻物をほどく。
彼は呪文を読めなかった。
高い解読スキルを持ち合わせていない彼は悩んだあげく解読スキルを持つ人間を探そうとしたが、しかし見つからない。高度な魔法を取り扱っていた魔女はもうこの世にいなかったのだ。
再び失望と退屈とが彼を支配した。
こうなれば魔族の殲滅以外にやることがなかったがかといって転生してきた頃のような高い志はない。
自分を慕ってくれた民を捨てたのは自分だ。神にでもなった気で何千年と見守っていれば、自分の不老不死を解除してくれる民も現れただろうか。後悔はやがて退屈に変わっていった。
俺を仲間と慕ってくれた槍使いの男を時々思い出す。
名前は例のごとく忘れてしまった。最近特に意識がぼんやりする。
槍使いの男は女好きでキザなやつだが一本気のあるやつだった。
自分がピンチの時、危険を顧みず助けてくれた。それでいて何もしやしなかったと笑いながら言ったあの男の顔が気に入っていた。
槍使いが死んでもう何年になるか知りようもなかった。
残る手段は、この世界の消失。星の命はどれくらいだろうか。
6000年待っても何も変わらなかった。人類は完全に絶えた。今は地表を魔族という熱源体が移動する。文明は栄えなかった。彼らは想像力というものを持たなかったからだ。文明が栄える条件は、生物が想像力を持つことだ。宗教を持たず、計画と保全を考えない生物に文明は必要ないからだ。
平らな石を静かな川辺に投げながら今日も日が暮れていく。餓死でも死なない自分は、もう空腹にも慣れた。食中毒等の危険を冒すくらいなら食べないほうがマシだ。
さまよっているうち、滅びたと思っていた人間が住む地に入った。結界によって魔族の手から逃れた地で、結界を守る魔女たちの統治下にあった。
数千年経過していてもデフォルト設定の言語が使用できたが発声器官が衰弱し日本語を話せなくなっていた。
哀れな姿に同情した村人たちは彼を受け入れ献身的に養った。
数年が経った。この幸福を享受して生きていこうとは思わなかった。
自分にはこの世界を取り返しのつかないものにした責任がある。
今生きているのは何故か。 死ぬためだ。
アビリティ「カリスマ」が、数千年前と同様、彼の地位をあげていった。彼はそれをアビリティの効果ではなく自身の魅力からくるものだと勘違いしていた頃があった。その反省を踏まえいくら謙虚に振る舞っても、叱る者のいないこの世界が彼を再び天狗にさせた。
アビリティの縛りを受けず徐々に狂っていった彼の常識。
村人からの支持率が不動のものとなった時、彼はこの社会の秩序を作り守ってきた魔女たちを支配下に置いた。魔女たちは彼の思惑に気付かず当初は有り難がった。
彼のアビリティ「カリスマ」と「不死」の相性が相互によく働いた。彼が長く生きれば生きるほど彼は村人から神格化された。
彼はカリスマを巧みに利用し、ある血族の魔女に「時術」と「究極魔法メテオ」を研究させた。
何世代も研究を重ねるうちに研究目的は忘れ去られた。
200年が経ち、ついに魔法を守り伝えてくはずの伝承者の中から無能が現れた。
「べ、別にあんたのために見せてやるんじゃないんだからね!でもちょっとくらいなら良いわよ」
彼はメテオを受け取るやいなやすぐさまそれを発動させた。
大気は灰で包まれ、世界は冷え、草木は枯れ、彼以外の生命は死んでいった。風の音以外ない日々が無限に鳴り響く。今度こそ魔族、人類、あらゆる生物が死滅した。
さらに200年後、空を舞う灰は静まり、再び太陽が微生物を刺激し、ワニのように水中で静かに種の保存を続けていた生物が地上へ出た。
彼は草木が生えるまで死に続け、同時に復活し、またすぐ絶命を繰り返していたが、肺呼吸が容易にできるようになった頃に死ななくなった。
メテオを一つしか発動させなかったのはひとえに彼の未熟さ…それは死後転生を願う未熟な精神の持ち主ならば当然と言っていいかも知れない…が原因であった。
死に慣れた人間などいない。仮に復活できた術があったとしても、永遠の精神などあるはずがなく、死の恐怖は人の心をいともたやすく壊してしまう。ただ、彼の不老不死スキルは決して彼を望み通り狂わせてくれなかったのである。
不老不死と共に発動する精神状態回復スキル「ガーディアン・オブ・マインド」が彼を自由に逝かせてくれなかった。
夢の中で朽ち果てた子供用の靴を見て、子供の頃の自分を思いだす度彼の精神状態はただの人間へ戻ってしまう。
もう狂ってしまいたい。
また願いは叶わない。
彼は死なない。転生と同時にこの世界の神に与えられた祝福もそれを解除できる神が失われた今はもう呪いだ。
数万年のち、ついに星に寿命が訪れる。
大気を失いただのクズ星と化したこの世界は寿命に近づくと膨張を続け、木星のごとく膨れ上がった質量は、転生当時60kg程度だった彼の自重を2.4倍にした。
星は寿命を迎えた。復活する場所をなくし、回復スキルを遙かに上回る破壊を得た。ようやく彼の自回スキル、復活スキルは発動条件を失ったが、一呼吸でもできる環境が宇宙のどこかで発生すれば一呼吸分彼は復活する。
この事態に陥ることは覚悟していた。宇宙に放り出されても死なない可能性を彼は考慮していた。
彼はメテオとともに研究を重ねていた時術を発動した。
宇宙は止まった。
彼は死んだのではない。
永遠に止まった。
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