かなしい国の魔法使い
魔法使いたちは悲しみを知らなかった。興味すらなかった。魔法使いにとって必要のないものだし、魔法使いたちの国でそれは人間が発育途中で必ず発病する病気のようなものだと考えられていた。
人間と魔法使いでは作りが違う。それは人間が所有する差別心から来る区別ではなく単なる事実であった。
魔法使いは形を持たず生活していた。形を持つことは時間の洗礼に晒されることで、それは非効率を生じさせる。彼らが感情を持たないのも非効率であるが故だ。
魔法使いにとって不要品の最たるものであると考えられてきた悲しみだが、ある日、魔力に置換できる回路が発明された。古来より感情は魔力に転用できると語られてきたが、それには感情を理解せねばならない。人間への理解は時間の無駄だと考えていた魔法使いだったが、革命的な発明により考えを改めねばならなくなった。
大量の魔法使いたちが人の住む国へやってきた。
ある魔法使いは悲しみを肥大させるために悲劇を招く計画をいくつも用意し、万全を期して引っ越してきた。しかしそれは取り越し苦労だった。
魔法使いたちが悲しみを用意しなくても、悲しみはこの世界を覆い尽くしていたからだ。
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テトテもまた悲しみを求めてこの世界にやってきた魔法使いの一人だった。例に倣い誰からも疑われないために一般的な女性の姿かたちをその身に宿した。
彼女は心がないことを人に悟られまいと鍛練を積んでいた。心とは恐らく人がそれぞれ所有する世界のことだ。
近しい誰かの真似をする。全ての所作に人間らしさを与える。人の前ではなるべく非効率的に動く。これが人間に紛れ込むための必須条件だった。
人間は非効率な存在だ。気分と言うものによって作業効率を上げたり下げたりする。特に悲しんでいる人間はもっとも役に立たない。魔法使いが悲しみを理解しようとしないのはほとんどこれが理由だった。
道理と偏見をすり合わせて理不尽だと判断出来る場合、人間は怒るか悲しむ。自分の利益を損なうものに対しては怒り、期待を裏切られた場合は怒るかもしくは悲しむ。引っ越してくる魔法使いたちは人間の習性を倣った。
道理や偏見は人が勝手に決めたものだが生活する為の必要事項として把握しておかねばならない。全ての魔法使いは引っ越す前から国の法律、街の条例とセットで覚えている。事前に勉強しておくべきことが載せられている教本には「悲しむのが難しい場合は平然としているより怒るべき」とあった。ほぼ全ての魔法使いが容易な怒りの態度を選択した。
魔法使いはそもそも人に対して期待することがない。裏切られたと感じるのはその日の終わり、実績を纏め上げている時だ。馬鹿なのではない。人間と違って自尊心がないためだ。他者を馬鹿にするという非効率な慰めを魔法使いたちが選択するわけがない。
実績と日記の纏めを書き上げてテトテはベッドに横たわった。それから「人間が見る夢を自分も見てみたい」と思いながら目を閉じ心臓と脳を休憩させた。
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テトテは家出をした子供たち、捨てられた子供たちを保護する施設を作った。子供の時に得た悲しみは大人になった時にはもう本人ではどうしようもないものになっているものだと気付いた。そして言葉にならない悲しみは一つの悲しみを何倍にも膨れさせる。だから悲しみの採取法としてこれは理に叶っていた。
施設経営は忙しくもあるが悲しみの回収率もまた高かった。子供は悲しい時に素直に泣いてくれるので気付きやすい。一人が悲しくなる夜は何故か連鎖的に他の子供たちも悲しくなってくれるのだ。
眠れず泣いている子供たちを抱きしめながら、悲しみを体内に取り込んでいく。抱きしめながらテトテは笑った。
自分の悲しみに向き合って悲しみに立ち向かえるようになった子供には銀とまじないをかけた石を渡して施設から出した。
石には悲しみを除ける効果がある。また悲しまないようにするのは、せっかく手を掛けた子がまた非効率的な存在にならないためだ。これも優しさからではない。
「この場所を思い出しても良い。でも、帰ってきてはいけないよ。私は忙しいから」
ジョークにも取れるこの見送りもこれまで何度してきたか知らない。
何となくだが、自分にはそのやり方が合っているような気がした。
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テトテは子供たちが寝ている間、魔宝石を生成した。親に大事にされなかった子供の悲しみは、テトテが体内に蓄積できる許容量を上回っているからだ。過剰している分を魔宝石に転送しなければ魔力は焦げてしまう。
魔法石は非常事態に備えて蓄えていたがどうやらこの世界には悲しみが絶えそうにない。テトテは余分な魔法石を売ることにした。
石は悲しいまでに美しいという評価を伴って人間たちの間でよく売れた。売り上げの大半は研究費や保護施設に利用した。
テトテはお金がある人間たちを特別だと考えたことなどなかったが少し考えてみることにした。
お金を持っている人間は自分好みの悲しみを買うことが出来るとすぐに結論を出し、以降金持ちの人間について考えなかった。
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ある日、雨降る夜の森の中でマフィーという少女を見つけた。
悲しみにくれた子供がここにやってくるように作った木製のまじない(子供の形をしている)の効果に引き寄せられて来たのだ。
テトテはいつものように偶然を装い、けれど優しい声を掛けながら近づいて介抱してあげた。
暖かい部屋にマフィーを招き入れるとテトテは「あの部屋にタオルと寝間着が置いてあるから行っておいで。一人で出来るでしょう。ほら、早く着替えて戻っておいで。私はその間に温かいココアとパンを用意しておくから」
この呼びかけが子供たちの心をどれほど和らげるか知らないが、テトテは数えきれないほどこの言葉を利用してきた。
そうして着替えを済ませた子供たちに「何も言わなくてもいい。目を見れば分かるよ」そう言い抱きしめてきた。
何を考えているのか本当に分からない時は魔法を使って心を読むけれど、悲しんでいる子供たちに魔法を使ったことは一度もない。子供たちを悲しませた大人たちだって永遠に終わらない帳尻合わせに必死で、周りが見えなくなって子供たちにひどい目を合わせてしまったのだろう。
テトテは人間たちについて深くは考えない。この施設を持ち自分のやり方に間違えはないと分かるとそれ以上考える必要もなくなったからだ。
マフィーがココアを飲み終えるとテトテはそばに近づき彼女を抱き寄せた。いつもやっていることだ。
この子はたくさん魔力をくれるかしら。テトテは目を閉じて悲しみの在処を探った。
「泣いてもいいのよ」
どこにあなたの悲しみがあるの?
マフィーは涙を目に浮かび始めた。テトテは悲しみを漏れなく受け止めようとした。
突如、この悲しみは受け止められない、そう直感した。しかし遅かった。桁違いの悲しみが老朽化の進んだ回路を燃やし尽くしてしまった。
魔力回路は体内の魔力と悲しみに反響を呼びかけ暴走を始めた。焦げた魔力が体中に蔓延していく。
体内で落ち着かせた魔力ならば宝石に注力し逃がすことも可能だが、過剰に受け取って蓄積できない悲しみはすぐに発散させねばならない。
テトテは羽ばたけば10mを超すカラスに化け、空がひび割れそうなほど高く激しい声で鳴きながら夜の闇へと飛翔した。
こんなことは今まで無かった。
燃え盛る感情には子供たちから受け取った記憶が含まれて、魔法使いの心に再生される。
「パパ!駄目な子なんて言わないで!!」
「ママ!産まなきゃ良かったなんて言わないで!」
ああ、嫌だ!テトテは叫び声をいっそう強くし雨のなかを飛び回る。
「悲しみを与えた人にもいろんな事情と誤解があったに違いない。けれど本当に悲しんでいるのはいつだって助けてと言えない子供たちじゃないか!」
カラスの咆哮が森を揺らした。
テトテは子供たちの悲しみを理解していなかったわけではない。他者を解ろうとする気持ちは自分自身を傷付けるということだ。それに気付いていた彼女は、気付いていながらも無意識に避けていたのだ。
悲しみを受け止めればそれだけ彼女も傷つく。
自分は人間ではない、だからこの悲しみは自分とは無関係だと言い聞かせていた。
鳴いた。森は揺れ続けた。
明け方、雨はやんだ。
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テトテは人間に姿を戻すも、腕はまだカラスの羽で覆われている。心を乱し上手に戻られなかったのだ。家に戻り魔宝石から力を借りねばこの手は戻らないだろう。持ち歩いておくべきだったとふと思ったが、きっと自暴自棄に陥って空から蒔いてしまっていただろうと思い直し後悔を止めた。
音を立てないように扉を開け、まだ暖かさの残る暖炉に近づく。冷え切った身体を温める為だ。カラスの手を人間に戻すのはその後だ。
消耗しきった身体をまずは温めなければ。
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数分、寝てしまったらしい。いけない。そう思った時には全てが遅かった。
腕を隠すために掛けていた毛布がずり落ちていた。
一部始終を見ていた子供たちは「悪魔のカラスの正体はテトテだ!」そう叫び森の中へ走っていった。
「違うんだ、坊やたち!」そう言おうとしても言葉が出ない。
「行かないで…坊やたち」
今まで子供たちから受け取っていた悲しみだが今は違う。自らの心が生みだす悲しみにテトテは耐えられない。
唯一、カラスに化けていく様を間近で見ていたマフィーは自分の悲しみがテトテを攻撃したのだと気付いた。不自然なほど悲しみが消えていく代わりに、笑っていたテトテが泣き出しそうな顔になったのを思い出して「テトテは違うよ!彼女は僕らの悲しみを受け取ってくれていたんだ」そう言おうと試みた。しかしマフィーには皆を制止する術がなかった。
子供らは一目散に逃げていった。
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ここにはもうテトテはいない。
後日、空き家になった施設から大量の魔石が見つかった。これを見た大人たちは、テトテが孤児を売るか、人質を取って金儲けをしていたのだと噂を立てた。
小さく弱りきったカラスを抱いたマフィーのことなど誰も気にも留めない。
悲しみを魔力源にしている魔法使いたち全員がテトテと同じ末路を辿った。
かなしい国の魔法使いたちの話である。
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