無題日記
人はある程度悲しみや怖れに飽きると世間の目より自己満足を優先するようになる。
世間の目というのは金にならないし、幸せの手助けには決してならないのだからどこまでも自分のために生きるべきだ。
誰もいない渡り廊下、快晴の冬に気付いて見渡す街に音はない。
食べて寝て、その他の欲求をそれなりに満たし、孤独を飼い慣らしたいと思う。
孤独というものは往々にして他者を傷付ける感情へ移行しがちだ。この激情はなるべく無害なもので宥めたい。
そうといってもこれがまた難しい作業である。
孤独な夜はサイコロの目みたいなもので、当たる時は続けて何度も当たってしまうものだ。
孤独な夜は何をすべきか?
腹が減ったら何を食べても美味しいのと一緒で、基本的には何だってしたらいいと思う。
ブログを書いたり、小説や漫画を読んだり、ゲームをしたり動画を見たり、運動したり、ネットでおっぱいやお尻を探していれば少しは落ち着くだろう。一二ヵ月で回収可能な金でどうにか出来るなら何をしたって安いものだ。
危険なのはどんな手段を用いても(誰かを傷付けてでも、自分が壊れてでも)孤独を紛らわせたいという衝動に駆られることで、これさえ何とか出来れば僕はもう至って紳士になれるのに…と、酔いざめの朝などによく思う。
先日とある飲み仲間(独身男性)が恋愛しない理由は「自分がだめになってしまうから」と言っていて、内心こういうセリフは正直で良いなと思った。
恋愛をしたことがある人間なら分かると思うが、やはり情に判断力の多くを取られて後々深く後悔したという体験があるだろう。僕も恋愛に自己投影してしまう性質なので、そういう話を見たり聞いたりしても愚かだとは口に出してよく言えなかったりする。
確かに恋をするとダメになってしまう。
むしろダメにさせてくれる人を探してダメになるのが恋愛が持つ側面で、いつでもそれが怖い。
まぁ、僕もいよいよおっさん化してきているのか最近は恋愛がどうのこうので悩んだりしなくなった。悩む必要がなくなったというのが正しいか。
不都合があってどうしても解決しなくちゃならないとあったら正直な話、金頼みだよね。
というわけで今回のエントリーは終了する。