過ぎる
せめて、ブログの上だけでも僕が救われませんように。
○
寒い夜には自殺した父を思い出す。その夜も寒かった。うっすらと覚えている父の面影がふと脳裏によぎると次に気にならなくなるまでの数日間、僕の目に映るものは輝きを失い、何でもないことに悲しみや孤独を見出だすようになってしまう。
父の死にいちいち傷付いている自分は情けない。僕は父のために傷付いてはいない、と思いたい。だいたいどこの家庭もそれなりに問題を抱えており、僕もその一つを持っている。簡単な話だ。父は僕を育てなかった。
ただ、愛してくれなかったことに起因する恨みは心をより複雑なものにする。父は元より傍にいなかったし、母だって僕を寝かしつけると暗い部屋に僕を置きざりにして夜の街へ行った。僕は母が出て行くまでに寝ていたことなど一度もなかった。起きていたけど、眠るふりをするしかなかったのだ。
原体験に逆らえないのは如何ともしがたく、それを基にする自己規定は愚かだ。
悪い癖に気付いていながら目を逸らし、向き合わなかった思春期を過ごした。
目に映るものが歪んで見えて、ありのまま見据えようとしなくなった。自分がそんな下らない感情に左右されて生きていると気がついても、抗うことの出来ない力が僕に働いていた。
育ててくれなかったことへの欲求というものがあったならそれは既に恨みに変わってしまって、心のどこかに固まって溶けてくれない。
人生は僕に暗い路ばかり勧める。
両親が離婚してから20年の月日が僕の身体に過ぎて、中身はまだ子供だというのに大人になってしまった。
笑いながら、人生は下らないと思うようになった。女を抱きながら、快楽が悲しいものだと思うようになった。
悲しみで遊びすぎたせいだ。何度も、何度も、夜が僕を掴む。
眠れないので夜の街を散歩することにした。抱いた女の数を思い出しながら街を歩く。今日も冷たい風が吹いていた。
思い出せない女たちの名前、笑い声、泣き声、それらが僕の空っぽな身体に響く。急にやってくる心の痛みは消えない火傷跡のようだ。時々燃えるように疼く。
僕はどこへも辿り着けない。
酒を飲みすぎて酷く荒れた翌朝、自分もいつか全てに絶望し、父のように自殺する日が来るのだろうかと思う。
…愛してくれなかったから誰も愛さなくて良いのか。
親が愛してくれなかったという理由だけで、誰も大事にしなくて良いのか。僕が欲しいのは同情か。
僕は父の葬式には出なかった(正確には知らされていなかったのだ)が、話を聞くと父は気違いの女と再婚していたらしい。孤独よりも気違いでもいい、誰かと一緒に居たかったのだろう。その気持ち、分からないでもない。
僕が父親の年齢に達する時、孤独で健康もなく、金もなければどうなるだろう。今現在所有している美しい記憶も時間と共に欠けてゆく。それら現実と僕の間に存在していた万有引力は象徴化し、現実とかけ離れた存在になった時、僕はこの世界を生き残れるだけの現実を持っているだろうか。
父は誰かに泣いてもらえただろうか。
○
生きる順序が分からなくとも夜は毎晩やってくる。
父よ、幼い頃の僕はあなたが必要だった。妹を失った時もあなたが必要だった。でも、今はもう必要ない。
今、僕に必要なのは酒だ、女だ、快楽だ。朝に全て失ってもかまわない。夜だけは自分を楽しませる必要がある。
コンビニで買った缶ビールを開けた。
さよなら、そう言った後、一口目を多めに含んで飲んだ。
その夜、僕は酔えなかった。
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