達観なのか、それとも諦めなのか
喜びはすぐに忘れてしまう。しかし憎しみや悲しみは決して消えない。傷跡が見えなくなった後でも、それは見えなくなっただけで心に存在し続ける。子供でいられなくなったあなたは、もう今後の人生を、火傷のように激しく疼く心を、耐えて生きていくしかなくなった。
あなたが持つ言葉のほとんどは言い訳にしか使えない。
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あなたが勝手にした解釈のせいで発生した誤解が大切な恋人達の心を傷付けてきた。これ以上の喜びを期待できなくなった恋人達は、さよならさえ言えないほど疲れ果て、発声とは別の手段であなたに別れを告げてきただろう。
あなたが追い詰めた相手は、終電あたりには遥か彼方を見つめてぼんやりしていた。
あなたの心はもう修復されない恋のためにひび割れて、隙間から入り込んでいく憎しみに侵食されていた。抱えきれない炎が燃え、悔しさとやりきれなさが「良い人間であろう」とするあなたを醜悪な境地へ連れていった。
昔から様々な人が、酔っている時やドライブしている時がその人の本来の性格なのだと話してきた。あなたは「そんなわけ、あるわけないだろう」と言い返したことがない。無理して明るく笑顔だったのも、それが出来ず苦しんでいたのも含めて性格というものがあるのだと言い返さなかったのは、それを言ったがために意見の相違があることが露見し、他の話題により口論に発展するより、今この時を円満に過ごせるほうが大事だったためだ。
実は、他者との会話における内容の90%は中身がない。日常会話には内容が必要なく、ただ相手を支持しているという意思を表現できればいい。だからあなたは、感情的な口論によって関係が改善されることなどないと思っていた。口論でさえ、愛の表現方法のひとつなのだ。
そう、別れてしまう瞬間まで恋人達は勘違いをする。
あなたがすれっからしの大人になる前、純粋な恋をしていた。ようやく幸せになれると信じていた。
あなたが願っていたのは、ありもしない"普通"という存在になることだった。そんなものはありはしないのは知っているはずなのに、だ。もしそんなものがあったのなら、あなたはそれほど悩まずに生きてきたはずだ。
自然淘汰される側であるあなたの恋愛はいつも儚い。
アイデンティティを賭けた恋愛を失った時、振り替えればいつもあなたは疑ってはいけないものを疑っていた。同時にあなたはいつも信じてはいけないものを信じていた。
ようやく世界と自分の歯車が重なりはじめている気がしていても、それがそもそもの間違いなのだ。あなたは弱く卑怯に育ち自分が愚かであることを自覚できないほど馬鹿ではない。ただ、言い訳の多いあなたをこの世界は認めてくれない。
自尊心の大部分を誰かに委ねていた結果が夜をもっと深いものにする。
あなたはベッドで明日を恐れながら恋愛以外に生きる道はないのか探そうとする。
自分の人生をおざなりにしてまでとにかく楽しめるものを探し、時間と金を消費し続ける。何かを忘れられるなら何でもする。孤独から一番遠いものを探す。
誰にも迷惑をかけずに依存できて、そして正しいものはどこにあるというのだろうか。
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