自分は工業高校出身だ。そこは西成、釜ヶ崎出身の自分からすればかなり頑張らないと入れなかった高校だった。無理して入学したものだからクラス成績は三年間ずっと最下位を争っていた。頑張ったのは受験までだ。あとは卒業まで勉強などせず小説とギター、女性にしか興味がなかった。卒業できただけよかったと思う。 そのことと政治がどう関連するのかと言うと、政治というのは自分のような落伍者から見ると賢い大人たちだけのものに見えていた。選挙権を得てから長らく選挙に行かなかったのは親戚友達その誰もが選挙に行かなかったから。投票という習慣がなかったからだが何より政治家のゲームに巻き込まれたくないという気持ちがあった。 実際何をどう足掻いても騙されるだけの政治が続いている。だから闘わない。投票しない。まずこれがあまりに日本人らしいことだと気付いたのは高校を卒業してからずっと後のことだ。 卒業後も自分の世界は西成だったのでまずそこから抜け出したかった。 1 人暮らしの女性の家に転がり住むということも何度かあったがどれもそれほど続かない。結局西成に戻ってきてしまう。ここから出なければという想いの叶え方が間違えていた。 ニューシネマパラダイスという映画を観た影響だが、何も変わらないままの環境で過ごすことは避けたほうがいいとだけは知っていた。 派遣でお金を貯めている時、あるご高齢の男性がワーキングホリデーで日本以外に住む経験を作るよう勧めてくれた。どこが良いかと尋ねたらアイルランドだと言う。いわく、アイルランドはワーホリ制度を導入したばかりで日本人コミュニティがない、あれば頼ってしまうからとのこと。 俺は日本から出られたらどこでも良かったのでアイルランドへ行くことにした。渡航前に英語の勉強はしなかった。ダブリン市民というアイルランド人が書いた小説は読んだ。 関川夏英の昭和時代回想にも書いてあったが金銭的に余裕のない海外渡航は精神を削る。イギリス、アイルランド、アイスランドでの生活を終えてなんとか帰国したがその後仕事が長く続かなかった。何をしてもどこへも辿り着けない、カフカの城をずっと読んでいる気分でする仕事など続くわけがなかった。 ミナミを飲み歩いて女性達とねんごろになる生活にも嫌気がさした頃、欠けた帰属意識の希求を満たすためにも自分で自分の店を持ったほうが人生マシになると思った。 「お酒の近くにいるとき...
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そんな夜へ
創作、日記、忘備録